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森繁和(左)と達川光男(右)
名参謀・森繁和と元広島監督・達川光男の野球トーク。
第5回は達川の現役時代の本拠地・広島市民球場の思い出を語る。
広島市民球場での思い出
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学生時代に広島市民球場で投げた思い出を語る森
広島カープの本拠地として2008年までの約50年にわたって市民に愛されてきたのが広島市民球場。数々の名勝負を繰り広げてきたが、最後の方は老朽化が激しく選手、首脳陣とも苦労したという。
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高校時代、広島市民球場の土を持って帰っていたと語る達川
森「(駒澤)大学時代に日米野球の試合で投げた思い出がある」
1976年の日米大学野球第5戦の舞台が広島市民球場。この時森は江川卓のあとの3番手で登板したのだ。
この試合をスタンドで見ていたのが達川だ。
達川「江川が来るっていうからね」と観戦に来た理由を明かした。
達川は広島市出身ということもあり広島市民球場には愛着があるのだ。
「物心ついた時からずっとここに来てた。(広島商時代には)こっそり土を持って帰ったこともある」と懐かしんだ。
ビジターチームは使いづらい⁉ 広島市民球場のロッカー
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広島市民球場のロッカーについて語る森、達川
その後、広島に入団。本拠地として施設を使うようになったがロッカーなどが狭く他チームの選手から文句を言われることもしばしばあったとか。
達川「ホームとビジターで差があった。ホームの方が使い勝手がよかった」
実は広島市民球場にはロッカーが3つあったのだが、すべてが小さく使いづらくて不評だった。
森「一つ一つが同じところじゃなくて少しずつずれてるの、しかもその部屋にトレーナールームもあって選手の着替えるところも限られてしまっていた」と嘆いた。
森は横浜や中日のコーチ時代に使用したことがあったというがあまりの狭さに苦労したという。
また、シャワールームについては、
達川「2畳ぐらいの狭いシャワーが3塁側に1個あったと思う」
森「あったかな?見たことない」と意見が分かれたが、達川曰く主に審判が使っていたのではないかということで話はまとまった。
曲がって見える、広島市民球場のブルペン
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広島市民球場のブルペンは曲がっていたと語る森
そんな二人を困らせたのがブルペン。
曲がっているんだとか…。
達川「ちょっと斜めになってたから曲がっとるように見えたと思う」
森「曲がってた間違いない。ブルペンで投げてマウンドに行って真剣に投げたらおかしくなるって(投手陣は)言ってたけれど」
どうやら広島市民球場のブルペンは曲がっているというのが定説のようだ。
達川は入団して間もない頃にできた選手寮でもクリーニング代を節約するために数台の洗濯機が置かれパートの女性が洗ってくれていたというエピソードを披露。そのうえで、
達川「今はもう全部快適よマツダスタジアムは。ロッカーも住めるぐらいの大きさだから」
と笑っていた。
一方、グラウンドは2塁ベース付近の水はけが悪く水が時々溜まるらしい。
80年代後半の広島は髙橋慶彦、山崎、正田と足の速い選手が多かったことから、試合に影響しないようにローラーで固めていたという話も披露していた。
達川にとっては、昭和から平成にかけて“カープの聖地”といわれた広島市民球場の思い出はつきないようだ。
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