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福沢諭吉も訪れた老舗料亭の蔵で、本物のお宝を発見!?
半田市亀崎町にある創業170年の老舗料亭「望洲楼(ぼうしゅうろう)」には、明治時代から手つかずの蔵が残されているといいます。長年閉ざされたその蔵には、何やらお宝が眠っている可能性もあるそう。そこで今回は、専門家とともに蔵の中身を徹底調査しました。
半田の歴史が息づく「望洲楼」へ
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その歴史は170年、半田市亀崎町の老舗料亭「望洲楼」
緑豊かな場所にひっそりとたたずむ望洲楼。かつてこの料亭から衣浦の“洲”を眺めることができたため、「望洲楼」と名付けられました。
蔵の存在を教えてくれたのは、望洲楼の主人である成田一郎さん。創業はなんと安政2年(1855年)。ペリー来航の2年後なんです!
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数々の偉人の足跡が残る、亀崎の歴史を物語る場所
しかも明治19年(1886年)には、旧1万円札の肖像にもなっていた福沢諭吉も訪れていたというのです。「学問のすゝめ」の著者で、慶応義塾の創始者でもある福沢。当時の亀崎は酒造りで隆盛を極めていたことから、多くの若者が慶應義塾に進学したそうです。
福沢だけでなく、西郷隆盛の弟・従道や民俗学者・柳田国男など、歴史を彩る偉人たちも来店していました。
代々手付かず…“謎の空間”に眠るものを探せ!
江戸末期から令和まで、9代にわたってのれんを守り続ける料亭の蔵。さっそくその内部に潜入します。
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蔵の中は手つかずのまま、何があるのかも把握していないという
明治に建てられた蔵は、1階が物置、2階には何十年も開けたことがない“謎の棚”がありました。
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敏腕の鑑定士・北岡さんにご協力いただくことに
蔵の潜入にご協力いただいたのは、鑑定士の北岡敦さん。名古屋市大須で骨董品買取、美術品買取を行う「北岡技芳堂」の代表で、画家・山下清による作品「長岡の花火」を競り落とした名鑑定人です。成田さんに話を聞くと、吉田初三郎のパンフレットが何冊かあるとの話を聞き、北岡さんの目が一気に輝き出します。
鑑定士の目が光る!市場に出ないレアな原画を発見
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吉田初三郎の原画は、市場でも少ないまさにお宝
見つかったのは、鳥瞰図の名手・吉田初三郎の原画。市場にほとんど出ない超レア物といいます。描かれたのは恵那峡、富士山、そして望洲楼。写真では表現できない、初三郎独自の構図が魅力です。
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望洲楼のアイデンティティが詰まった原画は手放せない
北岡さんは即座に“30万円”の鑑定額を提示! しかし成田さんは初三郎の原画には思い入れが強いとのことで「営業が続く限りは、お店に置いておきたい」と、取引は不成立でした。
300年前の大皿から藤堂家ゆかりの品まで続々!
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津藩の藩主の名前が書かれた掛け軸の箱を発見!
さらに、棚の奥から次々とお宝の“気配”が! 300年前、中国・明時代の大皿や「藤堂」と書かれた箱入りの掛け軸などを発見します。
実は成田さんの先祖は、藤堂家を名乗っていた時期があるそう。歴史ロマンがつながる展開に、北岡さんも大興奮です!
総額64万円! 歴史がつながった“真の宝物”も鑑定
そして、いよいよ鑑定の結果発表!
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本物の御物なら国宝級だが、こちらはその写しだった
- 螺鈿細工の銘々皿 … 3万円
- 家形の香炉 … 3万円
- 御物の写し … 2万円
- 明代の「呉須大皿」 … 15万円(自己評価を大きく上回る結果に!)
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なんと本物の掛け軸。2点で合計35万円の価値ある逸品
最大の注目品である藤堂高潔(とうどう・たかきよ)ゆかりの掛け軸2点は、本物と認められました。鑑定額は、なんと合計35万円。気になる総額は、64万円と、まさに“お宝の眠る蔵”でした!
令和の時代に再びつながった藤堂家とのご縁。その価値は、金額以上のものといえるでしょう。
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