田尾安志×宇野勝 1982年の中日ドラゴンズ「野武士軍団」を語る!遠征秘話も

ドラゴンズ

中日ドラゴンズが奇跡の大逆転を遂げ、見事セ・リーグ優勝を果たした1982年。強力な打線を誇る“野武士軍団”の主力選手として活躍した田尾安志と宇野勝が、当時のエピソードと個性豊かな選手たちとの思い出を語る!

江川卓から4点差逆転!伝説の巨人戦

――中日ドラゴンズが8年ぶり、劇的Vを果たした1982年。今、改めて振り返ると?

田尾「ウーやん(宇野)は、この年かこの前の年ぐらいから本格的なレギュラーでやり出した感じだよね」

宇野「3、4年目ぐらいですね」

田尾「(ナゴヤ決戦と呼ばれた巨人3連戦の初戦)江川(卓)が投げて、4点差で負けるなって所から追いついて逆転したんだよな」

宇野「この前、江川さんがこのゲームの話で取材に来たんですよ。江川さんは『あの時、絶対中日はサインを盗んでる』と思ったらしいんです。でも、江川さん…絶対ないですから!(笑)」

田尾「中日はやってないんですよ、本当に(笑)。でも、あの時はよく巨人戦で打っていたから、“絶対サイン盗んでるんじゃないか”と言われたよね」

――当時、チーム内に逆転して優勝できる雰囲気はあったんですか?

宇野「巨人にマジックが出て、勝てば逆マジックが出るのはみんな知ってました」

田尾「でもあの試合は、みんなもう負けると思ってて…あー巨人がいきそうだなって」

宇野「だって江川さんで4点差ですよ!(笑)」

田尾「普通は絶対に勝てない」

宇野「そうしたらあれよあれよという感じで…」

田尾「でも中日って意外とそういうゲームがあったよね」

当時のメンバーを振り返る

宇野「1982年は引き分けも多かったけど、近藤(貞雄)監督は、1試合でベンチにいるほとんどのメンバーを使っていたんですよ。代走・守備固めでみんな試合に出る」

田尾「分業制でね」

――勝ち頭のピッチャーが、16勝を挙げた都裕次郎さんでした。

田尾「そう、裕ちゃんが頑張ったんだよね」

宇野「良いボール投げてましたね」

田尾「先発で言うと、都と郭源治、小松辰雄、鈴木孝政も」

――小松さんは、開幕戦で投げた時にケガをして離脱、途中から戻ってきたんですよね。牛島和彦さんとダブル抑えという形でやっていたと思います。

田尾「そうだったよね。最後の試合は投げました。それにしても、懐かしい人がいますねぇ(笑)」

宇野「スタメンは決まっていたけど、みんなゲームに出るから、ベンチに選手がいなくなるんですよね(笑)」

田尾「そういう監督の采配があったから、活気があったのかな」

――セカンドは上川誠二さん、田野倉正樹さん、外野は大島康徳さん、平野謙さんがいて、キャッチャーは中尾孝義さんでした。

田尾「中尾は、ちょこちょこ休んでたんですよ」

宇野「ケガでね。そう言えば中尾さんって、お肉しか食べない人で。一番びっくりしたのが、おにぎりに巻いてある海苔を取っちゃうんですよ、海苔が嫌いだから。海苔~? みたいな(笑)。まぁそれだからケガってわけではないでしょうけど…すみません、中尾さん!(笑)」

下戸なのに夜遊びが好きだった、あのレジェンド

――お2人にとって、印象に残っている‘82年の思い出はありますか?

宇野「選手をいろんな所で使うなぁという印象。あと僕は、大島さんと共にフォークボールで三振して、近藤さんに怒られた覚えがあります。近藤さんには、マウンドで『宇野、何してるんだ!』って怒られたことも結構あります」

田尾「この年かな? 北海道に行った時に外出禁止を言い渡されたのは」

宇野「それ、田尾さんと一緒の時ですよね(笑)。夜中2時ぐらいだったかな? 僕はお腹が空いてなかったんですけど、田尾さんが『お腹空いたからラーメン横丁に行こう』って。『付き合います』と言って2人でラーメン横丁に行ったら、そこに新聞記者がいたんですよ。しかも中日新聞の」

田尾「門限よりはちょっと遅かったぐらいで…」

宇野「ちょっとじゃないですけどね(笑)。次の日、デーゲームだったんで」

田尾「それで外出禁止になったんだ」

――門限破りがバレたんですか?

田尾「新聞に書かれたの。名前までは書いてないんだけど『中堅・外野手』って(笑)」

宇野「そしたら、近藤さんが集合かけて『お前ら外出禁止だ』と」

田尾「それまで近藤さんは『新聞記事なんて気にするな』って言ってたのに、それがあの記事が出た途端、外出禁止になって…。次の日僕は納得がいかなくて、『ウーやん、今日は外に行こう!』と誘ったら、ウーやんは『行かない』って(笑)。それで結局牛島を、『ウシ、行くぞ』と誘って。でもその日は日曜日だったから、店がどこもやってなくて(笑)」

――札幌・円山球場で何試合かあって、その時の話ですよね?

田尾「そうです、そうです」

――話は変わって、‘82年には、鈴木孝政さんが逆転サヨナラ満塁ホームランを打たれて負けた試合(5月23日・大洋戦)がありましたよね。

田尾「あれは、仙台でやられてます」

宇野「裕ちゃんが先発だったけどもう下がってて、2アウトまでいってたんで『大丈夫、大丈夫』って言ってたら、2アウトからヒットが続いて満塁。その後、ホームラン。鈴木はあの仙台で抑え失格になって、先発に回った」

田尾「いろいろありましたねぇ~。でも、楽しいチームだったよね」

宇野「そうでしたね、個性があって。門限は必ずあるんだけど、誰も守らない。門限の時間になっても誰も部屋にいないという不思議なチームで(笑)。
特に関東地方の試合の時は、選手は誰も宿にいないです。選手が夜遊びせず宿舎にいるのは、決まって大阪でした。定宿のホテルが街まで遠いので、意外とみんな外出しないんですよ」

田尾「あの頃は球団が、どこに行っても麻雀ルームを作ってくれて。それで麻雀はやらせてくれたよね」

宇野「僕は麻雀を見ていることがたまにあって。星野仙一さんとかがやってて、当時、門限が12時だったと思うんですけど、星野さんは12時になったら『宇野、ここに電話してくれ。誰々に迎えに来るように』と言われるんですよ。門限が過ぎてから誰かに迎えに来てもらって、出かけていくんですよ、星野さん(笑)」

――星野さんは、お酒を飲まない方ですよね。それでも夜の街に繰り出す?

田尾「飲まないんだけど、星野さんはそういう所が好きだったからなぁ(笑)」

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